八宝菜

このページは、中国の食べ物を紹介していきます。

  メニュー 

TOPページ 

中国 

 中国体験記 

 中国の地理 

 中国の地名 

 中国料理 

 中国関連news 

台湾 

韓国 

インド 

シンガポール 

タイ 

リンク 

更新日:
 2012年3月25日



◎八宝菜(パーバオツァイ)
 餡かけ肉野菜炒め。五目うま煮。

 日本でも「八宝菜」の名で広く知られている料理ですが、他にも「五目旨煮」などとも呼ばれることがあるようです。もともとは広東料理で、中国語では「八宝菜」と書いて「babaocai」と発音するそうです。
 豚肉、鶏肉、ハムなどの肉類、エビ、アワビ、ナマコ、イカなどの魚介類、シイタケやキクラゲなどのキノコ類、タケノコ、ニンジン、ピーマン、白菜、チンゲンサイなどの野菜類、ギンナンや茹でたウズラの卵など、たくさんの具材を油で炒めあわせ、塩味もしくは醤油味に調味した後、片栗粉でとろみをつけた料理です。
 八宝菜の由来には、諸説があって、はっきりしていないようです。もっとも有名な説が、李鴻章という政治家に由来するという説のようです。
 清の時代の政治家であった李鴻章(リホンチャン)は、美食家として名が知られていたようです。ある日、友人の家に招待された時、友人の妻が作った野菜と肉で作った五目うま煮を御馳走になったそうです。ところが、この料理が非常に美味しかったため、家に帰ってから料理人たちに指示して、さらに美味しくなるように研究させて生み出したのが「八宝菜」だという説です。
 このほか、清代の第六代皇帝の乾隆帝に由来する説もあるようです。乾隆帝がお忍びで、場末の料理屋に入り、「何かっ作ってほしい」と注文した時、店主がありあわせの材料で作って出した料理が美味しかったそうです。そこで「なんという料理か?」と聞いたら、店主が「八宝菜です」と答えた、という説です。
 さらに、昔の中国の宮廷の御后様に由来する説もあります。宮廷の料理人たちが宮廷の料理を作った後、余った食材で自分たちのまかない料理を作って食べていたところ、たまたま、そこに通りかかった御后様が、その賄い料理を食べたいと要求したそうです。仕方なく料理人たちが、御后様に差し上げたところ、非常に美味しく、御后様が気に入ったという説です。さらに、名前の由来として、御后様が「この美味しい料理の名前は何?」と聞いたところ、「余りものの材料で作った料理なので、名前はありません」と料理人が答えたそうです。すると御后様は「たくさんの宝物を集めて作ったように美味しいおかずであるので八宝菜と呼びなさい」と名付けたのだそうです。さらに、この説の御后様が、西太后に変わっただけの「西太后由来説」もあるようです。
 乾隆帝と西太后は、これ以外にも、様々な料理の名付け親説がありますので、信ぴょう性に欠けるような気がします。この2人が、権力があり、美食家で様々な美味しい料理を食べてきたことは間違いないと思いますが、中国では、由来に困った料理は、全てこの2人のせいにしてしまっているような感じです。ですから、あえて言うならば、李鴻章説を信じたいところですが、名前との関係が聞こえてこないのが残念です。実際には八宝菜に似たような別の料理だったのかもしれません。
 この八宝菜の名前で使われている「八」という数字は「八種類の材料」という意味ではありません。中国では「八」という漢字に「たくさん」という意味があるようです。「菜」は「おかず」の意味ですが、「宝」は何でしょうか。どうも理由がはっきりしませんが、ネットでは、上述したような「たくさんの(八)宝物を集めたような」料理だからとか、「宝のように美味しい」とかの説明が多いです。
 しかしながら、これも疑問に思います。それ以外の料理は「宝のように美味しい」のではないのか、また、他にも「たくさんの宝を使った料理」があると思います。しかも、私は八宝菜は大好きな料理の1つですが、そんなに飛び上がってびっくりするような「宝のように美味しい八宝菜」を食べたことはありません。もしかしたら、李鴻章は、現在の八宝菜とは別の「宝のように美味しい八宝菜」を完成させていたのかもしれません。しかし、そんな宝を使うことができるお金持ちも少ないため、その料理は伝承されず、それを真似したような料理が現在の八宝菜として伝わっているのかもしれません。
 ちなみに中国では、八宝菜は「鶏肉や豚肉などの肉が入っている八宝菜」と「野菜のみの八宝菜」の2種類があるそうです。野菜のみの八宝菜は、「素八宝菜」と言うそうです。





inserted by FC2 system